2012年9月29日土曜日

Cerf, Mitiska & Jaren and Chris Jones - Starting Right Now (2012)



音楽はひさしぶり。
 
 Cerf, Mitiska & Jaren and Chris Jones - Starting Right Now (2012)
(最初と最後にArmadaの広告が入ります)
Released: Jun 11, 2012 ℗ 2012 Armada Music B.V.


えー、ずいぶん前に紹介したCerf, Mitiska & Jaren のトリオ。前の曲「Man On The Run」はDash Berlinのリミックス。今回はオリジナルMixだそうです。英国の男性シンガーChris Jonesさんが参加。
ArmadaレーベルのYoutube動画での情報によると、Cerf, Mitiska & Jarenというのはアメリカ人のグループらしい。メンバーはプロデューサーのMatt Cerf さん、Shawn Mitiskaさんとボーカルの女性Jaren Cerfさんの3人。このグループは今年の5月に「Give Me A Sound」というアルバムを出したんだそうだ。ふーん…。後で調べよう。


この曲はとても気持ちいい。ボーカルのJaren Cerfさんは顔も好き。



 

2012年9月28日金曜日

Perfume: 「Spending All My Time」のダンス


 
ちょっと遅くなったけど、これも記録しておこう。

 
Perfumeの「Spending All My Time」のダンスのお披露目が夏にあったらしい。私も見た。とにかく素晴らしいですね。もうダンスでは他の追随を許さない。ほんとに高レベルになってきた。見て芸術として楽しめるレベル。

 
この「Spending All My Time」のダンスを見てまず思ったのは「こりゃ真似できないな…」ということ。ちょっと前までは、振りを見てすぐに踊ってみたいと思うようなものだったけど、このダンスは「プロだけが出来るプロのダンス」として真似するのを躊躇してしまうようなレベル。 まぁー複雑です。

 
そもそも曲が単調で、歌詞も同じ言葉ばかり繰り返すようなものなのに、どうしてあんな複雑な動きを考え出せるのかが不思議。MIKIKO先生はもう別世界レベルの天才なんだろうと思う。あんな振りを他に誰が思いつけるだろう。そんな天才のアイデアを、パフォーマンスとしての形にするのはPerfume本人達の努力と実力。素晴らしい。揃っているのがとても綺麗。

 
プロのダンサーならアクロバティックなものはいくらでも出来るだろうけど、Perfumeはあくまでも彼女達本人がアイドル/スター。だから超絶技巧だけにいきすぎるのは考えたほうがいい。客が置いてかれるようになったら、つまらなくなる可能性もあるかも。Perfumeはあくまでもスターとして、適度に客とパフォーマンスでコミュニケーションをとる必要がある。アイドルとして、ある意味客に媚びを売るのも必要なんですね。口パクでも客に歌いかけるふりをするというのはそんな理由でも大切なのかもしれない。

 この「Spending All My Time」の振りは、そう考えれば、ギリギリでプロのダンサーとアイドル/スターの振りの境界線上にあると思う。それぐらい複雑さがハイレベル。尚且つ観客の方をしっかりと向いた非常に魅力的なパフォーマンスにもなってる。超絶に難しくてもでもどこか親しみやすいスターのパフォーマンス。この曲のダンスはそのあたりのバランスが本当に絶妙だと思う。

ネット界隈での評判も、この曲の振りにはみんな驚いたというのが多い。みんなもう分かってきてるんだと思う。Perfumeがただの可愛いだけの女の子達じゃないこと。もう誰が真似をしても出来ないような特別な存在になりつつあること。去年のSpice」あたりからほんとに振りが難しくなってきた。


ステージ上での凛とした姿もいい。あんな跳ねるようなリズムの流行の音なのに、カチッとした硬質なダンスを合わせることで、同じような曲をやる欧米の人たちとは全然違うものになってる。ちょっと静かだけど独特です。かっこいい。ほんとにかっこいい。徹底的にプロで大人。最近ますます凄くなってきたなと思う。素晴らしいです。

 


 

2012年9月27日木曜日

NHK BS時代劇『薄桜記』最終回 雪の墓

 
最後まで本当にいい小作品にまとまりましたね。
 
 
忠臣蔵の結末は誰でも分かっているし、原作は知らなくても典膳が亡くなるというのはネット界隈で分かっていたけれど、オチが分かっていても料理が上手ければいい作品になりますね。
 
 
あ~泣いたわ。
 
 
最後はただただ悲しい。千春さんが倒れた典膳を見つけて傘をぼとっと落とし、駆け寄って、状況を分かりながらも「目を開けてくださいませ」と言った後は声にならない。ただ寄り添って顔を寄せる様子で泣けました。悲しい悲しい…。
 
そこに被さるように吉良家の門を写し、1215日未明…の文字。中からは騒ぎが聞こえてくる。とうとう始まった…。一瞬安兵衛が暴れている様子が写る。これも悲しい。
 
暫く時間がたったのだろう、もう一度カメラが雪の上に横たわる2人を捉える。そこは二人が出会った谷中の七面社。静かな場面。おそらく討ち入りも成功して、吉良の殿様も亡くなった頃。
 
この話は悲しい。今まで慣れ親しんだ登場人物のほぼ全員が亡くなっているんですね。吉良の殿様も小林平八郎さんも、多くの家臣も、助けに来ていた上杉家の家臣もそうなのかな。みんなあの日あの時に亡くなってる。典膳さんも千春さんも雪の中。それに後日、浅野の四十七士も切腹。これまで楽しんで会話を聞いていた方々がほぼ全員亡くなることになる。そんな事を考えたらまた涙。
 
 
 
最終回の吉良様がよかった。典膳との会話での言葉はそれだけで哲学。ちょっと長いけどまた記録したい。
 
 
茶会は遊びではない。心と心を通い合わせる場じゃ。思いやりの場じゃ。月を見たい見せたいと思う心が尊いのじゃ…。
 
(もし討ち入りがあったらという典膳の問いに)…飛び入りの座興とでも思えばよかろう。やるかやられるかで怯えて暮らすのは愚の骨頂じゃ。そこもとはどうじゃ、敵と味方の探りあい、我慢比べだけで生涯を終えるつもりか…。
 
一つぐらいは優雅な嗜みを持ったらどうじゃ。嗜みは楽しみにすぎず。心の中に楽しみの種を植えるのじゃ。水をやって育てれば、やがて花も咲こう。楽しみさえあれば、人はあくせくすることもなく、ゆとりを持って生きていける。
 
 
こういうのは脚本家ジェームス三木さんの人生観なんだろうなと思う。いい言葉です。長塚さんも素晴らしい。ステキです。
 
 
大きなドラマではない。忠臣蔵という歴史的にも有名な事件をめぐって、その時代に生きた人々の話。あくまでもその時代にたまたま居合わせた人物達の話。だから大石内蔵助も出てこなかった。吉良の殿様も歴史の事件の駒ではなく、あくまでも一個人。典膳と千春、安兵衛のパーソナルな話がメインで、有名な事件は後ろに流れる川(その川が最後に氾濫して全員飲み込まれてしまった)。だからこそ人物達に寄り添ってあの時代を見てきたような気持ちになれた。時代がうねるような話ではないけれど、心にいつまでも残るようないいドラマだった。
 
たった11回の中で、夫婦愛、理不尽な状況にも義を見て生きる男達、捨てきれない友情、静かに状況を受け入れて達観する殿様…など、それぞれの人物達が非常に魅力的で心に染みるドラマだった。吉良の殿様の言葉はしばらく心に残りそうだ。
 
 
1日過ぎて追記:男が男らしい時代劇。男が不器用に真面目に生きた時代の時代劇。典膳さんは優美な剣豪でステキだけど実はすごい頑固者。安兵衛の無骨な男っぽい感じもとても良かった。皆心が男らしいの。虫一匹殺せないような草食現代男子が、右に左にヨロヨロしてメソメソ泣くような時代劇はもうたくさん!そんなのは現代劇でやればよい。嘘でもいいから時代劇では強い男を見せて欲しい。それにそんな男性に従う控えめな女性が見たい。女がピーピー出しゃばる時代劇ももうたくさん!私は女だけど時代劇の女性達には一歩下がった古風な美、出しゃばらない芯の強さを見せて欲しい。千春さんもお三さんもステキだった。もう強い男や一歩下がった女なんて現実には存在しないんだから、せめてドラマの映像の中だけでも残して欲しい。本気でお願いしたい。
 
 
 
 

2012年9月26日水曜日

NHK「プロフェッショナル仕事の流儀」第192回 高倉健スペシャル

 
 
2週にわたったNHKの番組「プロフェッショナル」での高倉健さんを見た。1週目は新作映画『あなたへ』のロケ地での様子を追ったもの。2週目は時間をかけてご本人へのインタビュー。それに彼を知る方々へのインタビューをまとめたもの。
 
高倉健さんといえば70年代半ばまでの任侠物だとばかり思っていた。とにかく私が子供の時代から大大大スターでいらっしゃって、印象はなによりも怖いおじさん。手の届かない(馴染みの無い)怖い大スター。70年代後半からの映画はいくつか拝見している。『八甲田山』『動乱』『南極物語』、『ブラック・レイン』も見た。80年代のCMも有名。「不器用」という言葉が使われていたっけ。そんな私にとってはあまり馴染みの無い大きすぎる大スター。そんな健さんの特集。
 
 
清廉。清らかな人という印象。
 
81歳とは全く思えないほどお若い。常に背筋がピシッと伸びて、身体に無駄が一切見当たらない。真っ直ぐに伸びた足。常に短く綺麗に整えられた髪。染めているのではないのだろううっすらと白髪の混ざった柔らかな髪の色。お顔も艶やかでしみ一つ見当たらない。常に思い詰めたような深い表情をされているのかと思うと、口を開くたびにいつも冗談をおっしゃる。大きな手を出会う人々の肩に置く様子も温かい。本当に温かい。
 
本当に魅力的な人。綺麗な人。
 
きっと出会う人出会う人が男女とも皆、高倉健さんに恋をするんだろうと思う。ここで言う「恋」とは好きだったり、尊敬だったり、畏怖の念だったり…様々。皆、高倉さんともっと一緒にいたい、もっと話していたい…と思うんだろうなと思う。TVの画面を通してさえ「あ~この人のそばに行ってみたいな~」と思わずにはいられない。あんなに有名で大大大スター、昭和の強い男、暴力的な男の代表みたいな人だと思っていたのに正反対。怖いよりも温かい。あたたか過ぎるぐらい温かい。きっと会えば皆恋に落ちる。ほんとにステキな人なんだな。知らなかった…。
 
 
あれだけの大スターであれだけ有名、200本以上の映画に出演して伝説とまで言われる人なのに、81歳になった今でも映画作りに真剣に向き合う。『あなたへ』の撮影現場で87歳の大滝秀治さんの演技に接して涙を流し、翌日「あんな演技が出来るなんて…」と子供のように目を輝かせる。81歳の方が87歳の方から学ぼうとしている姿に言葉を無くす。なんだか申し訳ないような気がしてくる。
 
あまりにも繊細。信じられないぐらい繊細。だからこそ現場で急に感情が高ぶったりもされるのだろう。人は80歳を超えてなお、あれほど純粋に物事に感動できるものだろうかと思う。もしかしたらあまりに繊細すぎてお辛いかもしれない。だから普段は人前に出たりされないのかもしれない。それでも映画がお好きで、物を作る現場がお好きで、撮影の現場は本当に楽しんでいらっしゃるんだろうと思う。楽しいからこそ真剣。何よりも映画の力を信じていらっしゃるからなのだろう。
 
そんな御自分には厳しすぎるほど真面目な方が、周りの人々には信じられないほど優しい。ロケ地で出会う街のおばちゃんにも漁師のおじさんにも、メイクのアシスタントにも、子供達にも皆、昔からの友人のように肩に手を置いて親しく話しかける。驕ったところなど一切見えない。
 
 
これほどまでに思っていた印象と違う方だとは知らなかった。昭和の怖いおじさんだとばかり思っていた。80年代の古風な役柄も当時子供だった私にはよく解らなかった。そもそも高倉健さんは、あまりにもミステリアス過ぎて全く知らない存在だった。
 
番組中に一瞬流れる任侠ものの若い頃の映像。「死んでもらうぜ…」と凄む健さんは怖い。鋭すぎて近寄れない。同時にとてつもない色気。たぶんあんな男が現実にいたら虜になるか逃げ出すかのどちらかしかない。たぶん怖くて近寄れない。そんな激しい役柄の時代からずいぶん時間が過ぎた。
 
 
「感じられる心を大事にする」…感性を磨くために「いい映画を見て、いい小説を読んで、絵を、色んな美術品を見る」…本物の芸術の力を信じきっている方。信じているものに真摯に向き合う日々。常に静かに前を見続けている方。常に学ぼうとされている方。常に周りを気遣う温かなお人柄。出会う人出会う人皆に優しい方。ご自分にはストイックだけど、それを決して周りに押し付けることはない。清らかな人。孤高の人。穏やかな日々。
 
 
「僕の中に法律があるとしたらおふくろ。はずかしいことはするな…いつもそればかり。朝晩どこに行っても手を合わせるのは両親…」
 
なんだか番組の健さんを見ている間に泣きそうになった。
 
 

 

2012年9月25日火曜日

映画『スイミング・プール/Swimming Pool』:してやられました

 
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Swimming Pool2003年)/仏英/カラー
102分/監督;François Ozon
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週末にオンラインの映画サービスNetflixにて鑑賞。
 
★超ネタバレ注意:こういう映画は前情報が全く無いほうが楽しめると思う。昔の映画だけどオチがあるのでまだ映画を見ていない人は読まないで下さい

 
あはははは…これはやられましたね…やれやれ。さすがフランスはエロの国。
 
もうあの若い女優さんのおっぱいに圧倒されてしまって最後まで気付かなかった。最後まで分かんなかったよー。いや途中で「あれ?」とか「どうして?」などという場面もあったの。だけど、なんとなくおしゃれな雰囲気とエロな勢いに押されてしまって、冷静な判断が出来なくなっていたような感じ(苦笑)。
前情報全く無しで見たので、もっと真面目な中年女性の心理劇だとばかり思ってた。そう思って途中まで見ていたのでビックリした。人を食ったような話。でも楽しい。

 
殺人が起こったところから創作だろうと思っていたけれど、最後の最後で別荘での話はぜ~んぶぜ~んぶそうだったというオチ。な~んだ…おっぱいに惑わされていただけじゃないの…(苦笑)これはしたり。アガサ・クリスティか。イギリス人だしな。
こういうミステリーものをおっぱい映像で惑わせるとは新しい手法なのか…(と言っても10年前の映画だけど)上手いな。これは見破れない。頭いいな。参りました(笑)。
シャーロット・ランプリングさんは相変わらずステキです。いつもかっこいい。
オゾン監督が、おっぱいにほぉーと見とれる観客の間抜けな顔を想像しながら脚本を書いたような映画。上手い。おしゃれです。騙されましたね。大いに結構。大きな拍手。

 
追記:ネットで感想を読んでたら色んな解釈があるみたい。そういう映画なんでしょうか。上でちょっとあやふやな書き方をしたのではっきりさせましょう。私はあれはぜーんぶ作家の作り話だと思う。版元社長の娘の名前がジュリアというだけで別荘にも来ていない。もちろんジュリーも存在しない。作家の女性は別荘でひと夏をたった一人、著作「スイミング・プール」を書いて過ごしたんだと思った。色んな解釈があることでそれぞれに楽しめる映画なのかも。面白いですね。

 
 

2012年9月24日月曜日

アジア人はスーパースターになれるのか:PSY - GANGNAM STYLE


 
これを無視するわけにはいくまい。

ちょっと前のエントリー「日本人は(アジア人は)スーパースターになれるのか」で、さんざんアジア人はアメリカの白人社会には受け入れられないから難しいと書いたのだが、またまたきましたね。今回はなんとアジア国籍のアジア人。外国人です。韓国のPSYさん。ビルボード・チャートでなんと11位。これはすごい。とにかく今よく売れてるらしい。

動画サイトにも行って聴いてみた、見てみた。


PSY - GANGNAM STYLE (2012)
 
 


あ、これはノリがいいな。こういうのはほんとに何がウケるのか分からないですね。でもなんで人気なのかも分かる気がする。音楽が超キャッチー。それにPSYさんが普通のオヤジっぽいから面白い。漫画のキャラみたい。誰が見てもユーモラス。それにこのダンスだけでも売れそうだ。厩舎で彼が踊ってるらしいイラストも面白い。曲もビデオのノリもLMFAOに似てますね。ウケた層が同じなんでしょう。
韓国のK-POPが頑張っていると過去に何度も書いたのだけど、そんな頑張りがここにきて実を結んだという感じでしょうか。とにかく国を挙げて押せ押せでマーケティングをやっているらしい。その辺りの事を詳しく書いたレポートを見つけた。


以前の少女時代や2NE1もそうだと思うんだけど、とにかく彼らはターゲットを決めて狙って売り込んでるんですね。あらかじめ市場を調査してとにかく狙って努力をしてくる。以前からK-POPがいずれ米国にも上陸するだろうとは思っていたけど、まさかこういう方が大売れするとは思わなかった。面白いです。

 
外国語で売れるために曲がキャッチーなのはまず必須。その上でPSYさんのような面白キャラ枠というのは昔から存在するのかもしれません。大昔にオーストリアのFalcoさんという人がいました。

Falco - Rock Me Amadeus (1985)
(25秒から曲の開始)

PSYさんのPVをみてこの人を思い出した。1985年の曲。全部ドイツ語で歌ってアメリカを含む世界中で爆発的に売れたの。この人をカッコイイと思うかどうかは人によると思うけど、所謂ロックスター風ではないし、ちょっと妙なオジサン? でも面白いしとにかく売れたの。そういえばスペイン人の「恋のマカレナ」というのもあったな…。なんだかこのあたりの枠な気もする。
 



ただK-POPの方々がすごいなと思うのは、彼らは言葉を完全にマスターしてくるんですね。言葉の壁を極力排除してやってくる。日本に来たK-POPの方々もそう。PSYさんがいかに英語慣れ=西洋慣れしているのかは、上記のリンク先でも紹介されているこのビデオを見るとよく判ると思う。

Surprise! Britney Learns 'Gangnam Style' from Psy! 
  From The Ellen DeGeneres Show (人気の昼のトークショー)

アメリカ訛り、アメリカ人のノリで普通に喋ってます。司会者や出演者(ブリトニーですよ)の頬に挨拶のキスをするのも自然。先に進めようとする司会者を遮ってオーディエンスに自己紹介をするのもすごく自然。アメリカの人達に「言葉が出来る」というのを見せるのはすごく大切なんです。外国人だから…という括りに決して思わせないぐらい言葉を習得してやってくる。隙を決して見せない。それぐらい努力をしているんだろうと思う。そういうところがほんとにすごいと思う。あ、今ちょっと調べたらPSYさんはアメリカで大学に行ったらしいです。高学歴ですね。なるほど。

とにかくアジア人として快挙。たいしたもんです。アチラでウケるのを静かに待っているのではなく、積極的に掴みにいく姿勢は日本人にも必要なのかもしれません…。

 

追記:ひゃービルボードで現在2位だそうです。すごいなー。(927日)




2012年9月22日土曜日

Perfume;3人それぞれのダンス-JPN Tour DVDから

 
ちょっと前に『JPN Tour DVD』の感想で書いていたんだけど忘れてました。
 
ライブ全体で彼女達のダンスを時間をかけてみると、それぞれのダンスの感じが違うことも分かって面白い。
 
あ~ちゃんはとにかくよく跳ねるPerfume一番のFunky娘。筋肉を完全にコントロール出来てるんでしょう。「時の針」の人形ダンスは素晴らしい。あまりにきっちり決まってるんで、歌い始めて人間に戻ったときの違和感がすごい。あの首をぐるっと回してその直後に背中を一瞬反らせる動きがちょっと気持ち悪いぐらい上手い。見てて面白い。ダンスはリズムに乗ってしっかり跳ねてるんで体重も感じる。身体能力が高いんでしょう。身体の軸がしっかりしてる。ボールをぶつけて跳ね返ってくるようなパワーを感じる。かっこいい。
 
かしゆかさんは軽やかで可憐。あ~ちゃんと反対。体重も軽いんでしょうけど動きがすごく軽い。まさに「軽やか」という言葉がぴったり。若干リズムの取り方が早いのもそう見える理由でしょうか。体重を全く感じない動き。軽やか。華奢な身体が美しい脚に乗っかってる。とにかく綺麗なバランス。それに長い髪。やっぱりお人形みたい。同じダンスを踊ってるのに印象が違うのも面白いなと思う。彼女の軽やかさは独特だと思う。きっと30歳になっても40歳になってもずーっと可憐なんだろうな。
 
のっちさんは、誤解を恐れずに言うならどこかクネクネしてるような感じ。一見手足が長いのが大変なのかなと思うような印象なんだけど身体のバランスは一番華やか。光るような白い肌に長い手足。動きが柔かで女らしい印象。ノリノリの曲だとよく跳ねていてすごく華やか。ちょっとグラグラするような感じが実は一番セクシーだったりもする。脚が長いです。全身のバランスが一番大人。綺麗。
 
みんな綺麗ですね。ほんとに見ていて楽しい。それにしても、ハイヒールで長時間よく踊れるなと思う。ものすごい体力。ほんとにツアーは大変だろうなと思う。すごいです。あの黒いハイヒールの靴はいいな。形が繊細ですごく綺麗な靴。元々綺麗な彼女達の脚がもっと綺麗に見える靴。歩くだけでもすごく綺麗。




 

2012年9月21日金曜日

脚本について考える:『平清盛』と『薄桜記』


 
NHK大河ドラマ『平清盛』が相変わらず苦戦しているそうだ。たまたまなのだがNHK BSでの時代劇『薄桜記』にすっかりはまっている。面白いのだ。何が違うのだろうと脚本について考えてみることにした。

 
まず一番に思うのは『平清盛』に比べて『薄桜記』の人物達が圧倒的に魅力的であること。たった10回しか見ていないのに人物達が人として理解できる。堅物で真面目、律儀で友情に厚く男らしい丹下典膳。その典膳を一途に慕う健気な千春。言葉は荒くても非常に知的、昭和の頑固親父風吉良の殿様、熱い堀部安兵衛。控えめに典膳を慕うお三。計算高いがいざと言う時には力になってくれそうな白竿屋…etc. 話の本筋とは関係の無い小さな場面の積み重ねで、人物の描写に深みが出るということは『薄桜記』第9回の感想にも書いた。

一方『平清盛』。回数を重ねて既に36回も見ているのに、主役の清盛はもちろん、○盛○盛の家族、時子さんさえどういう人物なのか未だ正直よく分からない。俳優さん達は皆大変よく頑張っていると思う。それなのに未だそれぞれの人物像がはっきりと見えてこない。理解が出来ないから魅力的に見えない。当然話は進んでいる。だけど人となりの見えない人物達が、歴史上のぶつ切りにされた時の中で個々の場面だけを表面的に泳いで話が進んでいくような印象。このことは以前、同番組の感想にも書いた。

 
この二つのドラマを見て考えたのは、『平清盛』は『薄桜記』に比べて人物描写のための細かい場面の積み重ねが足りないんじゃないかということ。要は、事件の積み重ねはあっても、人物を知るための場面の積み重ねが少ないのではないか。もっと酷い事を言うのなら、この大河ドラマは脚本で人物を構築する事をせず、俳優の方々の魅力(顔がいいとか、可愛いとか、背が高いとか)と演技だけに頼って人物を作ろうとしていないか…。そうだとしたら、ドラマ作りとしてはとんでもないぞ…。

 


そんな事を考えていてあらためて思ったのは、もしかしたら近年のドラマや映画の脚本は漫画っぽくなってきているのではないかということ。一般的に漫画は限られたページ数で話を進めるため、一見無駄に見えるような場面は好まれない。話が間延びしないように事件に事件を重ねて話を紡ぐものが多いのではないかと思う。結果、そのような表現の方法では、話は劇的に回っていっても、細やかな人物像を構築することは難しいのではないか。もしそうだとしたら大変なことだ。

私達が普段から実生活で出会う人々を知っていくのは、その個人のふとした仕草だったり、色んな場面での細やかな表情、普段は見せない意外な一面だったりする。人を表現するのはそれぐらい繊細なものなのだろう。だからこそ人物の人となりを表現するための場面は、むしろ本筋とは関係ないもののほうがよかったりする。近年の脚本にはそのような一見無駄な場面が少なくなってきているのではないか。

古典的に丁寧な人物描写をする『薄桜記』の人物達を理解できて、漫画の筋のように事件を箇条書きで追い続ける『平清盛』の人物達につかみどころが無いと感じるのもそのような理由によるものではないか…。

 

私は古いタイプの人間なのだろうと思うが、映画やドラマは人物に惹かれて話に引き込まれる。人物描写が十分に出来ていなければ話にも興味が持てない。『平清盛』の問題は脚本のスタイル。近年余りにも世間に広がりつくしてしまった漫画スタイルの脚本のせいではないのか。もしかしたら若い世代の脚本家の方々は『薄桜記』のような丁寧な人物描写が出来なくなってきているのではないか。

おそらく漫画のように事件を重ねるスタイルの脚本は、単発のドラマや映画には向いている。しかし50回も回を重ねるような連続ドラマではかなり辛い。登場人物に惹かれ、自分の家族のように応援したくなってこそ毎週連続で見続けようと思うからだ。まず人に惹かれてこその連続ドラマ。『薄桜記』を見ているとづくづくそう思う。

日本では漫画は限りなくポピュラーな大衆文化だ。誰でも読む。絵と台詞で構築された漫画は、一見ドラマや映画の脚本と同じだと思われることも多いのだろう。しかし実は全く違うものかもしれないのだ。個人的な極論だろうと思うが、『平清盛』と『薄桜記』の二つのドラマを見ていてちょっとそんなことを考えた。