2013年2月8日金曜日

海亀冬眠のお知らせ

 ここにいらして下さっている皆様、いつもありがとうございます。心から感謝しております。実は突然ですが海亀、私事都合によりしばらくここに書き込むことが出来なくなってしまいました。現時点では、復活が一ヵ月後になるのか2ヵ月後になるのかも分かりません。

アカデミー賞の頃にはたぶんまだ復活できないし、「八重ちゃんマラソン」も、「Perfume日記」も、新作映画評も、独断の「思いつき音楽評」もしばらくお休み。しばし海亀は冬眠します。あ、病気ではありません。いたって健康です。

いろんなことが落ち着いて、暖かくなった頃にまた復活できればと思います。冬眠から覚めた折には、またいつものように「Perfume日記」や「八重ちゃんマラソン」を綴ろうと思います。
 
いつも本当にありがとうございます。どうか皆様おからだを大切に。またお会いできる日を楽しみにしています。
 
 
 

もうすぐ2月15日はあ~ちゃんの…



あ~様の誕生日です。ちょっと早いですが…

Happy Birthdayあ~ちゃん。

あなたの温かさ、強さ、真面目さ、がんばり、律儀さ、優しさ、思いやり、涙、笑顔…、それに何ものにも勝るあなたの偉大なカリスマに感嘆します。あなたはみんなの太陽だ。Happy Birthdayあ~様。あなたの24歳が輝かしく幸せなものでありますよう…。

もちろんファンブログ…。

早めのお祝いの理由はこの後に…。

 
 

夫婦のかしのち似顔絵談義



最近Windows7の中に埋もれていたMS Paintを見つけまして、いろいろとお絵かきをはじめたのですが、とりあえずPerfumeも描いてみた。出来るだけデフォルメしてコロリンと可愛くしようと思った。

まずはラブリーかしゆか姫
それから子供のっちさん
可愛いでしょ…と思ったら、

旦那Aが「のっちはソレはないやろ」と言い始めた。
私:「え?何がいけない?可愛いやろ」
旦那A:「エリア51だな」
私:「何それ?」
旦那A:「宇宙人や宇宙人」
私:「でも可愛いやろ」
旦那A:「のっちはもっと可愛い…」
私:「おお…」

そこでもうすこし綺麗どころの大人のっちを描いてみた。
 
あ~ちゃんはこの後で…



2013年2月7日木曜日

映画『レ・ミゼラブル/Les Misérables』:異質のミュージカル

 
------------------------------------------------------------------------------
Les Misérables2012年)/英/カラー
158分/監督: Tom Hooper
-----------------------------------------------------------------------------


舞台のミュージカルは苦手だと言うしかない。音楽も好き。ダンスも好き。お話も好き。それなのにミュージカルが苦手なのは、途中で話が分からなくなってしまうからだ。
 
ロンドンにいたころは有名どころをいくつか見た…が、話の最後まで集中できたためしがない。英語だったというのも大きな理由。音楽に集中すると言葉が聞こえなくなるし、話の筋を追うと音楽が聞こえなくなる。ダンスやステージセットに惑わされるといつのまにか話の筋が分からなくなってしまう。なさけなや…どこかおかしいんだろうかと思う。たぶん注意力散漫なのだ。
 
そんなわけで、ミュージカルはどちらかといえば苦手なのだが、映画化されると大丈夫だったりもする。大昔のジーン・ケリーやリタ・ヘイワースなどの歌とダンスも好きだし、『マイ・フェア・レディー』なんかも最高だ。近年はマドンナの『エビータ』も、『シカゴ』も楽しんだ。
 
ただミュージカル映画には欠点もある。どの話もどの話もウソっぽいのだ。真面目な話でも、人物が突然歌を歌いだすと、なんとなく苦笑してしまったりする。楽しくて華やかではあっても、繊細な心理描写には向かないと思っていた。この映画を見るまでは…。
 
 
ネタバレ注意
 
監督は映画『英国王のスピーチ/King’s Speech』のトム・フーパーさん。そうか、上手い監督さんなんですね。歌・脚本は舞台のものをほぼそのまま持ってきたものだろうか。主演は大男ヒュー・ジャックマン。そこにアン・ハサウェイとラッセル・クロウを連れてきた。さてどうなるか…。
 
ミュージカルで初めて心をわしづかみにされました。何度もぐっときて泣いた。元々の原作がいいんだろうと思うけど、ほんとに素晴らしかったです。ちなみに原作は読んでいない。小学校の図書館にあった「あゝ無情」の本の表紙のオヤジの絵が怖かったので読む気になれなかった。それに大変残念なことに本場にいながら、ロンドンでもミュージカルの舞台を見なかった。見ておけばよかった。
 
それはともかく、あの有名な話がこういう話だとは知らなかった。古典なんだけどほんとに感動した。参りました。上に挙げた過去に見たミュージカルでもこれほど感動したことはなかった。ほんとによかった。
 
 
なによりも驚いたのは、全編、全台詞が歌でありながらウソっぽい感じが一切しなかったこと。全体がかなり重いトーンの話で、歌のために苦笑などということは一度も無かった。これがほんとに不思議。それぞれの人物の感情が豊かに(歌で)表現されていたのに驚もいた。
 
ジャン・バルジャンのヒュー・ジャックマン。このアクションスターだとばかり思っていた方がここまで才能のある人だとは知らなかった。大役を体当たりで演じてます。圧倒的なパワー。びっくりした。
 
ファンテーヌの苦しみを見るのが辛い。有名な綺麗どころアン・ハサウェイなので重要はキャラクターかと思ったら辛い状況の中、娘コゼットを残し話の前半で亡くなってしまう。彼女が落ちていく状況の生々しい貧困の描写が余りにも辛い。こういうセットのリアルさが話にリアリティを持たせるのだろう。
 
時は流れコゼットは成人する。彼女に一目ぼれするマリウス。この若い二人の出会いの場面が素晴らしかった。特にマリウスの表情がなんとも言えない。歌も上手い。コゼットの声は天使のように美しい。本当に嬉しそうな二人。それを見つめるエポニーヌの悲しみの歌。この女優さんも上手い。歌でこれほどまでに細やかな感情が表現できるとは…。
 
6月蜂起の日の前日、それぞれの人物達が様々な思いを抱えながら心情を歌う。編集で人物達を交互に映しながら感情が盛り上がっていくシーンは特に素晴らしい。これこそミュージカルの力。うわーっと肩に力が入って背中が熱くなってくる。ここからは最後まで一気に走るように興奮が継続する。
 
最後はジャン・バルジャンの死の場面。そこに2人の人物が迎えに来る場面でまた涙腺崩壊。映画の前半、ジャン・バルジャンの「目覚め」の場面でまず泣き、また最後に同人物との再会で泣かされた。
 
私個人は無宗教なのだが、こういう宗教がらみの慈悲の話が出てくるとたまらず泣いてしまう。主人公は慈悲に助けられたおかげで、自己も慈悲深く正しくあろうと一生を送る。慈悲の心を持って人のために生き、結果を見届けた後で静かな死を迎える。まさかあの小学校の時に見た「怖いオヤジの絵」の話が、キリスト教の慈悲をテーマにしているとは知らなかった。

 
ミュージカルとはいっても、いかにもそれらしいダンスは一切無い。普通の劇の台詞がたまたま歌であるかのような印象。全ての歌は感情のこもった言葉として発せられる。最初の10分ほどいつものミュージカルの違和感を感じたが、すぐに話に引き込まれてそのような違和感は一切感じなくなった。(人物の独白などの)芝居がかった台詞も、歌の方がかえって心情表現として自然に見えたのも面白いなと思った。
 
ともかくミュージカルらしくないミュージカル。ウソっぽい感じが全くない。異質なミュージカルだと思う。元々の舞台劇が素晴らしい作品なのだろう。監督の手腕ももちろん素晴らしい。役者も超一流。ミュージカルにここまで感動できるとは思わなかった。

 
ところで今年のアカデミー賞は良作ぞろいだ。去年は不作だったと文句を言っていたのだが、去年の後半から見た映画はほんとうに素晴らしいものが多い。どれが賞をとっても文句は無い。こういう年もあるんだなと思う。
 

 

2013年2月5日火曜日

NHK大河ドラマ「八重の桜」第5回「松陰の遺言」



急に歴史が動き始めましたね。

吉田松陰の刑死。それから井伊直弼の暗殺。早いです。このあたりの大事件は歴史のうねり。時代が動いていく大きな流れ。ところが基本的にこの大河は、江戸の話でもなければ、長州人の話でもない。主人公達は会津の人々。だからどうするのか…。吉田松陰と井伊直弼の存在を会津の人々にからめてどう捉えるかは、話の語り口次第。歴史の大事件に焦点を合わせるのか、それとも遠くで起こっている事件とするのか…。

今回はこれを遠くに起こってる事件と捉えてました。歴史の大転換期なんで、ついつい事件に焦点を合わせそうなのを抑えてますよね。これが歴史時代劇として、いいことなのか悪いことなのかは私には分からないけど違和感は無かったです。私はこれでいいと思う。ただし、やはりある程度の知識はあったほうがより楽しめるだろうと思ったのも事実。

例えば、吉田松陰がいかに大きな影響力をもっていくのか…、井伊直弼と攘夷派の関係は…など分かりづらいこともあった。しかしそのようなことを(会津の人物達を描くドラマで)逐一説明しなければならないのかどうかも疑問。こういうもののバランスは個人個人の好みもあると思う。視聴者がこの程度の歴史なら事前に知っておくべきだというのが答えなんだろう。

大河は長期、50回前後の連続ドラマ。だからいくら歴史ドラマといっても、年表を追うだけではちっとも面白くない。かといってホームドラマばかりになってしまうと、歴史ドラマの意味がなくなる。歴史ドラマの制作は、そのあたりのバランスの判断が非常に難しいんだろうなと思う。


会津の人々の話はとても楽しめました。5回を重ねて山本家の人々の顔も見えてきた。細やかな描写も多い。人物達の関係がとても自然ですごくいい。

今回はうらさんの話がよかった。植物に話しかける物静かで優しい女性。そこにまだ少女の八重ちゃんがお姉さんを慕って話しかける。台所では小豆を洗って皆が嬉しそう。うらさんのおめでたを知る。皆が嬉しそうに微笑みあう台所から見えるうらさんは、畑で一人歌を歌う。この場面でなぜかじーんと来た。いい場面。「事件」の後、うらさんは床についている。女中がかまどの前で泣いている。その横にはざるにあげた小豆。悲しい。その後うらさんが畑に出てきて、豆を見ながら涙を流すシーンもまた悲しい。それを覚馬が離れた場所で聞いている…。

こんなこまかい人物達の描写が繊細ですごくいい。人物達にどんどん引き込まれる。横浜から帰った尚之助のお土産のビー玉やこうもり傘をよろこぶ八重ちゃんと弟のシーンもいい。女子供を無視して、覚馬と尚之助が男同士だけで話を始めるのもいい。

尚之助の長谷川さんもいい。この俳優さんは現代劇ではどうも硬い演技をなさる方だと思っていたけど、尚之助の清潔感や真面目さにあってますね。着物も似合う。覚馬が熱しやすい性格なのに比べて尚之助の物静かなキャラがいい。八重ちゃんと3人の場面はとてもいい。

会津で吉田松陰の訃報を受ける場面もいい。地方にいて大事件を知る驚き、何も出来ない焦燥感、友人を失った悲しみ。勝麟太郎の手紙の文面で「(松陰は)全てを飲み込んで死んでいったそうだ…」も悲しい。それを読んだ覚馬が雪の戸外にふらふらと歩き出す場面もいい。

それにしても、榎本さんと小栗さんはこれで終わりなんてほんとに贅沢な使い方。小栗さんの松陰は、最初ちょっと軽いかとも思ったが、今回最後の場面の迫力は素晴らしかった。ちょっとびっくりした。井伊直弼の暗殺の場面もいい。最後の瞬間、直弼の目線の先にある門。それぞれが短い場面だけど印象に残る。

桜田門外の変の知らせを受けた容保がすっと立ち上がる。この場面の焦燥感もいい。容保の意見が話を次回に繋げていくらしい…。

非常にスムーズに見れました。歴史が遠くで起こっているという描写もこれでいいと思う。山本家の人物達の細やかな描写もほんとにいい。もう人物達に惹かれている。毎回しみじみといいドラマです。
 
 
 
 

2013年2月4日月曜日

ビヨンセ様のスーパーボウル(2013)ハーフタイムショー!

 
今日アメリカは日曜日。年に1度のスーパーボールの日。アメフトには全く興味が無いけれど、ハーフタイムは見る。去年はマドンナだった。今年はビヨンセ姉御。さっき見終わりました。
 
 

 
 
いやー…すごいですね。まー凄いですよビヨンセ親分。もう全世界の男性諸君のみなさんごめんね…世の中のエンタメは女がガンバレばいいと思った。悪いけど…もう女性でいいわ。こういう人を見ると圧倒されて言葉も無い。いやーかっこよかった。

出だしに彼女のシルエットが浮かび上がるんだけど、その圧倒的な迫力はギリシャの彫刻を超えましたね。ほんとに漫画の2次元で描いたような完璧なスタイル。アメコミからスーパーウーマンがそのまんま抜け出してきたような迫力。下から銅像を見上げるようにカメラが舐めると、ほんとにこのお方は立ってるだけで女神様のようだと感嘆する。

日本語で「女神様」というと聖母マリアとか優しい系を思い浮かべるけど、むしろ英語の「GODDESS」=女神。ビーナス、アテナ、ダイアナ、ニケあたりのギリシャ神話の強くて美しい女神様を全部あわせたような迫力。ほんとにビヨンセさん個人から溢れ出すエネルギーと美しさ、パワーは人類最高峰かも。すごいわー。

内容は13分のビヨンセメドレー。本当はお歌も上手いのに、迫力で押していくパフォーマンスのステージ構成なので、歌うというより最初から叫んでます。

「ガッ、オウッ、ウァ、オオオオオオ、ワギャー、ギビナッ、ドゥルドゥルドゥル…、ダンダンダァ~、シンギッ…」

などと何語を喚いているのかもさっぱり分からなかったけど、そんなのどうでもいい。あの迫力ならもう言葉なんてどうでもいいっ。ただただすげ~~っとあの偉大なるモモを眺めればよろしい。

ステージ上は、ダンサーもバックバンドのメンバーも全員オンナオンナオンナ…オンナだらけ。皆さん気が付きました? あのハーフタイムショーは「オンナ祭り」だったのよ。スーパーボウルなどという、マッチョ男の祭典のど真ん中、ビヨンセ姐さんは13分の女神様達の祭典」をやってのけたんです。フットボールの選手なんて全員ガッチリムッチリの大男ばかり。ちょっとスリムなお相撲さんがぶつかり合う肉弾戦ボールゲームみたいなもの。そこの真ん中のハーフタイムに、女神様が挑戦したんだと見た。かっこいいわー。

途中でデスティニーズ・チャイルドも再結成。みんなキレイダナー。全員が歌えてスタイルがいい。すごいですね-。

その後、全員で雨乞いの踊り…いや…あー、あのね…やっぱりあれは神様に捧げる踊りっぽいのよ。アメノウズメノ尊だな。天照大神(太陽)が出てくるまで岩戸の外で踊り倒した日本のダンス女神。世界中にも散らばるそんなタイプのダンスの女神様だとか、巫女さんとかシャーマンとか…、そんな方々を連想させますねこのお方は。普通の人とは比べられないレベル。

プロジェクションマッピング(?投写した映像)も、控えめながら非常に上手い使い方をしてた。昔この人のMTVだったかな…で使ったのよりずーっと洗練されてます。これ見よがしに技術に頼るのではなく、非常に効果的に使ってた。上手い。技術の使い方のアイデアが進歩してるのが明らか。特にビヨンセ1人から、11人人数が増えていって、5人のダンサーと一緒に10人になったのは上手い使い方。すごく効果的なのね。短時間なのによく練られてると思う。こういうとこにアメリカのショービジネスの底力を感じる。

滝のような照明も綺麗だった。髪を振り乱しドスの聞いた声で吼えるように歌うビヨンセ様は人類の母、人類全員をがーっと持ち上げてくれるかっこいい女神様だと思う。ほんとにすごいです。一度本物を見たいもんだ。

 

2013年2月3日日曜日

珍奇ニッポン:海外から見たAKB48メンバーの坊主騒動


どうしようかと思ったんだけど、あまりにも誤解と勘違いが溢れているようなんで書きます。どうでもいいと思う方は飛ばして下さい。

国民的アイドルAKB48のメンバーの方がボーイフレンド宅でのお泊り写真を撮られたとかでそれを反省し、自ら丸坊主になって泣きながら謝罪してる映像が動画サイトにアップされ、それがまず国内で話題になり、ここ数日で海外のメディアにも取り上げられて世界中で話題になっているという話です。動画そのものはもう削除されているらしい。

まず日本では、多くの方が坊主頭にびっくりした様子。世界の注目を集めたことに関しては、罰に坊主なんてかっこわるい…とか、女の子の罰に坊主なんて酷いと思われるぞとか、そもそも坊主の人に失礼じゃないか、尼さんに失礼だとか、日本は体罰の国だと思われるぞ…等々いろいろ。

一方、擁護派の方々もいて「罪を償うために犠牲を払うのは当然。世界でも潔い行為だと理解されるはずだ。」「これで反省してまた頑張ってほしい。応援したい」という意見もあった。
 
 
さてここでは、どうしてこんな日本国内のアイドルの反省話がわざわざ世界で大々的に取り上げられたのか、これが実際に海外ではどう受け取られているか、どう見えるのか…という話をします。上記のような日本国内の皆さんの論点はちょっとずれてるみたいなので、まずなぜ世界がこのニュースを取り上げたのかを説明します。それは…、

1.       成人した女性の罰が坊主であること。
2.       おまけに彼女は痛々しい姿で謝罪をしながら大泣きをしている。
3.       彼女が辛く苦しんでる様子を公にして晒し者にしている。
4.       それが成人した女性の罪の償いだとされていること。

まずこれが海外にとってはショックなんです。女の子が罰として坊主になって公開懺悔をしているということがまず驚き。坊主になったのはご本人の意思らしいですが、そんな細かい内容までは伝わらず、強制されているように見える。
 
 
そしてそれ以上にショッキングなのは公開懺悔の理由=罪の内容が…、

5.       成人(20歳)した女性が彼女個人のプライベートの時間に、ボーイフレンド宅に泊ったこと=そもそも「彼女にボーイフレンドがいた」ということが罪であるとされていること
6.       そして、それに対する罰を受けることが日本ではあたりまえのことだとされているらしいこと。
 
 
…要するに、世界がこれを取り上げたまず第一の理由は、成人して仕事をしている大人の女性が、恋人がいたからというだけで(まるで重大事件でも犯したかのように)公の場で丸坊主になって泣きながら謝罪をしている=肉体的、精神的な苦痛、屈辱を受けながら晒し者になっている。そしてそれを多くの日本人もあたりまえのこととして受け取っているらしいことが驚愕に値することだからです。そのようなことが21世紀の現代、世界的にも裕福な先進国の日本で起こっていることがあまりにも大きな驚きだからです。

このイメージは(日本のアイドルビジネスの事情を知らない海外には)非常に強烈。女性の人権だとかなんだとかって話が出てくるようなレベルの不快なもの。いつも笑って楽しく振舞う日本のポップスター達が「実は舞台裏ではとんでもない犠牲を払わされているのではないか」という懸念さえ思い起こさせる。結果、印象は「(どうでもいいけど)また変で理解不可解で妙な日本」。
 
 
そもそも西洋には、日本のアイドルビジネスのようなものは存在しません。若い女の子達を男性ファンの理想に沿うように、偽りの処女性を纏わせて「穢れの無い女の子」の商品として売るというようなビジネスは西洋にはまずありえません。そもそも「穢れの無い女の子」というコンセプトそのものが、あまり喜ばれない。(西洋では)女性の幼さは=未熟さ=世間知らず=つまらない人間、というふうに決して良くは思われないからです。

それに芸能人だろうと誰だろうと、仕事をしている成人女性であれば、個人としてプライベートの時間を持つのはあたりまえ。若い女性のスターが誰とデートをしていても、海外ではそのこと自体に眉をひそめることはまずありません。どんな有名人でもプライベートの時間には(犯罪でなければ)何をやっていても個人の自由というのが普通です。

そのような常識の海外(特に長年男女平等を培ってきた西洋)から見ると、今回の事件がいかに珍奇で理解不可能、不思議という以上に不快、むしろ強烈な嫌悪感さえ感じさせるものであるかということは、日本人も分かっておいたほうがいいかもしれません。西洋は女性の人権だとか、こういうものに本当に敏感です。
 
 
個人的な意見だけど…こういものはね、(海外風に味付けをするのなら)AKBのメンバー全員が、ボーイフレンドとデートやお泊りしてる内容のミュージックビデオを洒落で作ってですね、「デートして何が悪いんだよケケケ」と笑い飛ばして冗談にしちゃったほうがいいと思う(笑)。もう開き直っちゃえ。女の子の賛同を得るかもしれません。

日本の国内の若者文化の話なので、海外がどうこう言うのをいちいち気にする必要もないかと思うけど、海外でこのことが取り上げられている理由が、日本国内の認識と微妙にずれているように感じたので書いておくことにしました。

 

2013年2月2日土曜日

NHKの「MJ presents Perfume ドキュメント 今 世界へ」を再度テレビで拝見


アメリカでの日本語放送TV JAPANにて、昨日NHKの「MJ presents Perfume ドキュメント 世界へ」がやっと放送されました。もう既に見てるんだけど画面が大きいとやっぱりいい。久しぶりに見たらまた感動して涙。

どうしてあ~ちゃんの涙声を聞くと思わず泣いてしまうのか解らない。不思議。また泣いちゃったもんね。なぜか知らねど彼女の感情に心が動かされるんですよ。ほんとに不思議なパワーをもった方だと思う。巫女さん(?)のようなパワーか…。

かしゆかさんは言葉のことを何度も心配をしてたのが印象的。海外ならではの心配ですね。すごく真面目で冷静なんだろうな…そういうところがまた魅力。ほんとに可憐で可愛い。台湾公演の最後「すっごく楽しかったです!」と本当に嬉しそうに笑っていたのが印象的。

のっちさんはね、どうもライブで別人スイッチが入るっぽい。目が違う。普段はシャイだったりぎこちなかったりすると聞いているけど、ステージに上がるとバーンと女王様のように堂々としてる。ちょっと不思議。これに最初に気付いたのは東京ドームのDVD。最後のポリリズムのソロパートを歌いながら他の二人が感涙でうるうるしてる時、のっちさんだけ「どやーこれおもしれー…」という顔をしてるの。今回も反応が他の二人と違う。この方も生まれついたパフォーマー体質なのかもしれません。

それにしてもやっぱりアジアはアツイネ。ほんとにいい話…。

ところで最近Perfumeのネタ切れで書く事が無い。どらえもんもあともう少しだもんね…。
 
  

2013年2月1日金曜日

Wendy & Lisa - Honeymoon Express (1987)


 
プリンスのバンドから独立した2人。
 
 
 
Wendy & Lisa - Honeymoon Express (1987)

Album:  Wendy & Lisa
Released: Oct 06, 1987
℗ 1987 Sony Music Entertainment Inc.

 

プリンスが映画『パープル・レイン』で大スターになった頃のバックバンド「レヴォルーション」。そのバンドのギター、ウェンディさんとキーボードのリサさんが独立して作ったユニットWendy & Lisa

プリンスを囲んだ美女二人のイメージだけで世間はドキドキした。実は私も彼女達の危険なかっこよさに惹かれた。プリンスは彼女達とバンドをやってた時が一番だと思う。レヴォルーションを解散した後はギラギラ感が強くなりすぎてついていけなくなった。

プリンスから離れて、ウェンディさんとリサさんは自分達で音楽をやり始める。実は美女であるだけでなくお二人とも非常に才能のある方々で、アルバムもすごくよかった。この1枚目のアルバムのタイトルはWendy & Lisa

白人の美女二人。その二人が実はバリバリのファンクミュージックもやれるという意外性。それがすっごくかっこよかった。

当時、来日公演も決まったのに後でキャンセルになったのは、集客が出来なかったからじゃないかと思う。あの頃は小さいキャパの会場も少なかった。ほんとうのところはどうだったんだろう。見たかった。