能登半島地震 ─ 寄付・支援情報

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2016年2月11日木曜日

映画『アノマリサ/Anomalisa』(2015):オヤジのたそがれ►ストップモーション・アニメーションの力技




 
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Anomalisa2015年)/米/カラー
90分/監督:Duke Johnson,  Charlie Kaufman
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これはストップ・モーション・アニメーションの作品です。脚本・監督は『マルコビッチの穴 (1999)』のチャーリー・カウフマン氏…なるほど。2016年度アカデミー賞・長編アニメーション部門にノミネートされています。


★あらすじ
アメリカに住むイギリス人マイク・ストーン。カスタマーサービスのスペシャリストでビジネス書で成功した。ストーリーは(ちょい有名人の)彼が講演をしにオハイオ州シンシナティ市に到着。その日の夜に様々な人々に出会う。彼は普段からストレスが多いのか精神的に参っていておかしな行動をとってしまう。講演もなんとか終わらせ自宅に戻る。オヤジのビジネストリップの一日を追ったお話。

ミッドライフ・クライシス(中年の危機)真っ最中のマイクさんが、出張で経験する小さな冒険。ショート・ストーリー。


まず批評家の間では高評価。確かにこれは大変珍しい作品。ストップ・モーション・アニメーションの技術ではおそらく過去最高。一見の価値あり。人形であることを完全に忘れる。

ただ色んな意見があるとは思うが、私の正直な感想は、

・技術/演出 9.510
・脚本    6.510
・ストーリー 4.0点/10
・平均    6.6点/10
 

まずこの映画が凄いのは技術的なこと。ストップ・モーションのアニメーションとは思えない程のリアルな動き。あまりにも完璧すぎてCGに見えてしまう程。人物達が人形であることを意識するのは、目の横や顔の周りに走るパーツの切込み線だけ。髪も肌も洋服も、室内の装飾に家具、小物、町並み、バーの風景…何から何までリアル。本当に細かく細かく作られていてそれが自然に動いているのに驚愕する。それが何よりも一番。これが特殊なアニメーションだからこそ注目を集めているというのは大きいと思う。

アニメーションでいちいち動作を作っているせいなのか、全ての描写が丁寧で細かい。実写だったらコマを飛ばしてどんどん進める場面も、いちいち細かく順を追って映し出される。人物達の動作も表情も非常に細かく描写されている。


★ネタバレ注意

最初から最後まで頭に浮かんでいた言葉は

Awkward

…不器用、ぎこちない、気まずい、恥ずかしい、居心地が悪い…等だいたいそんな意味なんだけど、とにかくこの人物達のぎこちない様子がそれはもう居心地が悪い(笑)。おそらくそこがこの映画の素晴らしいところ。リアルということです。
 
とあるオヤジがたった一晩の間にいろんな人に会って色んな経験をして変な夢も見て、朝になったら全ての魔法が消える。なんとか仕事を追えて帰宅すると何にも変わっていなかった…というお話。
 
内容はシンプル。この映画を抒情詩的なショート・ストーリーとして鑑賞するなら高評価なんだろうと思う。中年オヤジの一晩の冒険…。しかし意味のある話として期待すると裏切られる。私個人的には(この映画は)特に中身があるようには思えなかった。オヤジの一晩を淡々と描写するのみで、とくにオチがあるわけでもない。
 
 
中身が無くても気持ちのいい話なのか…というとそうでもない。マイクさんが落ち込んで勝手に行動するのはいいけれど、あまり女性にとっていい人じゃないんですね。人形だから顔は可愛いんだけど、実はかなりいやなタイプの男。自己中で性格が篭っていて自分勝手(人に興味が無いから皆同じ声に聞える)。人に対しても純粋に温かく優しいというより、目的のはっきりした下心アリアリ。チョイ有名人のパワーを使って弱者を誘惑。おいそれはいかんやろう。いかんいかん。女性の敵ですな(笑)。リサちゃんそんな男やめなさい…と言いたくなってしまう。でも女性側も納得しているからまぁしょうがない。
 
そんなふうにあまりいい人に見えないから、マイクさんが悩んでいてもあまり同情出来ない。「しょうがないねぇ、まあ勝手にして下さいよ」としか言えない。イヤな人でもどこか魅力的…というわけでもない。なんだか普通のイヤな男。だから話として結構辛い。最後も何も起こらなくて肩透かしを食わされる。それなりに入りこんで見ていたのに「あ、これで終わり?」と思ってしまう。オチがない。
 
人物に魅力が無くても、散文詩的なものと思えばいいということか。とある悩み多きオヤジの人生のひとコマ…。妙に居心地の悪い映画でした。それにしてもアニメーションはすごいです。 とにかくすごい。人形の造形も美しい。それだけでも見る価値はあると思う。


↑これが最初の感想


★もう一つのディープな読み

(上記の感想を書いた後でひっかかっていたので、またしばらく考えて出てきた勝手な解釈です。間違っているかもしれないけれどこういう読みもあるかもしれない。というわけで映画を見た後で読んでください)


マイクさんとリサちゃんの関係なんですけど…、ただ一晩の遊びと切り捨ててマイクさんを非難するのもちと味気ないなのでちょっと深読みをする。

さてこのマイクさん、とにかく元気が無い。外国に暮らす英国人。家族との関係も上手くいっていない。(米国人の)妻も理解してくれない。著書での成功も、実は有名人になる心構えが事前に出来ていなかった。元々シャイで傷つきやすい不器用な男が、外国でアクシデント的に有名になってしまった。世の中は皆「あの有名なビジネス書の著者」をそれなりに扱う。いつも注目されている。色んな奴が寄ってくる。実はマイクさん、家族ともうまくいっていないし、外ではちょい有名人になったのにも馴染まず日々神経をすり減らしている。孤独なんですね。

そこに現れたリサちゃん。彼女は地味で内気。自分に自信もない。派手な女友達と一緒にいて、いつも自分が選ばれない女であることを理解している。何度も傷ついてきた。自分が魅力の無い女だと知っているから行動も言動も自虐気味。自信がない上に自分を良く見せようとも思わないから嘘をつくこともない。己の居場所はよく理解している。人を押しのけるような意地も強さもない。自分が弱者だから他人の弱さにも気付きやすい。それなりにひっそりと生きている。

…そんなリサちゃんにマイクさんの心が反応する。素直だけど自信が無い女。諦めてしまった女。そんな女はいつも男に否定されてきたから優しくすれば脆い。それにリサちゃんはマイクさんのファンなのだ

マイクさんも精神が弱っているからこそ、リサちゃんの弱さや内気さに惹かれてしまう。リサちゃんなら信じられる…彼女ならきっと僕の辛さをわかってくれる…。マイクさんが彼女を信じて心を開いたからこそ、彼女の声だけが例外的に魅力的な女性の声に聞こえる…。 

その夜、マイクさんにとってリサちゃんと恋に落ちたのは本当だったんですね。マイクさんの孤独な心がリサちゃんの孤独な心に触れ合った。心の壁が溶けた。マイクさんにとって一晩の恋は本物だった。魔法です。

…ところが、翌日目が覚めると全ての魔法が消えていた。

内気で素直なリサちゃんも、朝になったらただの普通の女になっていた。まがりなりにも昨晩、男を勝ち取った女になっていた。もうあの内気な女の子はいない。彼女の声も皆と同じあの声に変わっていた…。


マイクさんは(自らの心と同じように)繊細で弱く傷ついた女性と恋に落ちたつもりだったのに、夜が明けたら普通の女が目の前にいることに愕然としたんですね。

結局マイクさんの心は癒えず、リサちゃんだけが元気になった。いやリサちゃんは何も変わっていない。変わったのはマイクさんの心。勝手に相手に期待して、勝手に幻想を作り上げ、勝手に好きになって、勝手にがっかりしている。問題は自己中なマイクさんの心。そこにリサちゃんに対する思いやりは一切ない。うわ~いやな男。不毛ですね~こんなのうまくいくわけがない。

しかしいかにも現実にありそうな話だな。結構深い話。マイクさんがアメリカに住む英国人の設定も妙にリアル。異国で疎外感から自分を閉ざしてしまった人物のようにも見える。人の声が同じに聞こえるのは彼が人に心を開いていないからなんでしょう。マイクさんは自業自得とはいえ、ちょっと哀れでもある。